池辺幸恵

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池辺幸恵 (いけべゆきえ 1950年12月生まれー )  広島県福山市出身。大阪教育大付属池田高校卒。 大阪芸術大学全額免除生・総代卒。大阪教育大学大学院修了。 元大阪芸術大学講師。

音楽歴[編集]

関西音大新人コンサート出演、日本演奏連盟推薦第14 回ヤマハ Jリサイタル開催。ピアノ協奏曲共演多数。 河原浩、田原冨子、横井和子、ジョルジュ・アゴナシュヌ、アンドレイ・ピクルの各氏に師事 1998年 ピアノ指導と演奏活動を再開。陰陽リラックス奏法を確立。 2002年第3回中国音楽コンクール専門の部で金賞・神戸文化振興財団賞等々。ピアニストとして中国等演奏旅行。ピアノ指導でもピアノコンクールでの受賞者や音楽大学にも多数入学させる。地元西宮の公民館等で度々”ふれあいコンサート”を催す。 “平和のピアニスト”として、日本各地だけでなくフランスでも、被爆大使とともに9条を守り反原発を語り弾き歌う”平和コンサート”等開催。中之島公会堂の”憲法のつどい”を皮切りに”平和コンサート” や”被曝ピアノ公演”等々、市の主催・後援だけでも草津市・福山市・袋井市・西宮市・堺市・掛川市・静岡市・高岡市・泉南市・・・と日本各地や中高等学校等でも多数公演。

  • 2002年 第10 回アジアクラシックコンクール銀賞。
  • 2002年 第3回 中国音楽コンクール専門の部で金賞、神戸文化振興財団賞等受賞。中国各地を演奏旅行。
  • 2003~’04年 中国人の胡弓奏者や、バイオリニストと共演のコンサートを各地で開催。
  • 2005年9月 大阪いずみホールでニューフィルハーモニック大阪とショパンのピアノコンツェルトを協演。 以後”平和のピアニスト”として各地で平和コンサートを開催。
  • 2009年より ”被爆ピアノ” と”被爆ピアノ平和コンサート”を関西一円の小中高等学校や日本各地で多数開催。
  • 2011年 2月 フランスアングレット市の”広島の夕べ”で平和コンサート開催。
  • 2012年4月 朝鮮共和国 << 4月の春 親善芸術祭典 >> に出演、自作の変奏曲 ”アリランの演奏によるディプロマ賞” 受賞。以後朝鮮関係の催しで度々演奏する。
  • 2012年より日朝音楽芸術交流会会長として、日朝間の民間の音楽の交流を図り、朝鮮の美しい音楽の普及に努める。2013年2月 92才の小笠原美都子さんの朝鮮学校への支援活動のチャリティコンサートを他の演奏者たちと催す。
  • 2012年8月 “ウィーンナトゥール"とともに、オーストリア、ウィーンでの合唱団演奏旅行に参加。

経歴[編集]

大阪芸術大学と大阪音楽専門学校でピアノ・ソルフェージュを教えていた。その後、子育てのため家事に専念しながら、ピアノ教師や演奏活動の他に健康と食育に関する様々な研究やボランティア活動をはじめる。特に東京在住の折には、桜沢リマ・大森英桜・山本祥園氏らを師として陰陽による桜沢如一の食養の基本と応用・正食料理を学ぶ。 またニイル研究会・堀真一郎氏の”きのくに子どもの村”の前身のフリースクール活動に参加しながら、関西フリースクール世話人代表を3年つとめ自由教育をする国内や海外の講師を招聘して、毎月学習会を開く。 さらに関西でのフリースクールを目指す人々の相互の友好と結束をはかり”フリースクール全国大会”を主催し、自由の森学園設立前の遠藤豊さんを招き応援した。4人目の子どもを屋久島の農園”天然村”で自然出産する。山縣良江「聖なる産声」執筆参加。 六甲山頂に住み子どもらを複式学級の六甲小学校と・幼稚園に2年半通わせる。 茨木市に移り自然農法で2反の畑を耕しながらピアノ指導・自然食のコピーライター・共同保育・『茨木暮らしと給食をみなおす会』主宰。

神戸市灘区に移り『本物を感じる会』主宰。 神戸と宝塚で“本音を語り合う会”“母子の子育てセミナー”“気質人間学セミナー”“小川茂年手技操体講習”“大森英桜食養講座” 等々を主催、主に六甲学生青年センターにて開催。 シュタイナー・クリシュナムルティ・ニイル等々、食養・東洋哲学・陶宮術等々からの教育、健康、食・体質・気質の陰陽などの研鑽を積む。 食べ物・体質・気質を自然の理と陰陽五行で解説するセミナー、陰陽五行・十干十二支による気質人間学・エゴギョウなどのセミナーを催す。同時に”癒しのコンサート"を各地で催す。

  • 1995.1.17 灘区六甲で阪神・淡路大震災に遭遇し、翌朝から震災ボランティアをはじめ、’95 4月『灘地域助け合い ひまわりネットワーク』をたちあげ、代表として灘区震災ボランティアとして活躍。ほぼ3年間の震災ボランティアの後西宮市に移り住む。ピアノ指導を本格的に再開。
  • 2001年9.11 NYのWTC崩壊の米政府の陰謀に気づき、日米の軍事的急接近を憂虜して政治に目を向けはじめ、ネット上の掲示板で論戦する。
  • 2004年 ネット上で"庶民のネットワーク”をはじめ政治仲間をつくる。
  • 2005年 ”平和への結集をめざす市民の風”のスタッフになり、平和をめざす党やグループに選挙への結集を呼びかける。
  • 2006.9.11 ニューヨークに行き、NYでの"9.11真相究明のデモと会合”に参加。

以来“平和のピアニスト”として、日本各地で歌とピアノとスライドショーによる”平和コンサート”を開催。

  • 2009年より 石垣敏夫さんと”市民の求め創るマニフェストの会”を始め、各界への政治的な働きかけをしながら、毎月勉強会を続けている。
  • 2011年 2月 フランスアングレット市にて、被曝の語り部・非核大使として訪問した森田節子さんの10回の被曝講演を補佐し、ジャズVo.の石橋和子さんとフランスで平和コンサート開催。
  • 2011年 5月 東北大震災と原発事故後、2回原発事故被災地をボランティアで訪れ被災地を自分の目で見て聞いて確かめる。
  • 2012年4月 朝鮮を訪問 <4月春 親善芸術祭典>に参加し、自作の"アリラン変奏曲"の演奏によりディプロマ賞とクリスタルのトロフィー受賞。
  • 2012年9月 再訪朝して <アリラン大公演>を鑑賞して深い感銘をうける。朝鮮との様々な交流から、これまで日本が持ってきた朝鮮への誤解と偏見に気づく。
  • 2013年2月 堺市のサンスクエア堺の大ホールで、92歳の小笠原美都子さんを囲み朝鮮学校支援のチャリティーコンサート"歌はわが華"を開催。小笠原先生の後をうけて日朝音楽芸術交流会会長を引き受ける。
  • 2013年7月 朝鮮戦争停戦協定60周年のソウル市で、”平和協定に変換と統一!"のデモと国際シンポジウムに参加。
  • 2014年2月 日本チュチェ思想研究会代表団の団長として朝鮮共和国を訪問。金正日総書記生誕72才の光明星節の数々の祝典に出席する。

2000年ごろまでは身近な市民生活に直接に関係する活動だけに関心を向ける”所謂ノンポリ人間”だったが、阪神淡路大震災に遭遇したことが切っ掛けで、「日本の政治は必ずしも市民の為の政治ではないこと」に気がつく。2001年9.11以降は世界が紛争に向かっていることをみて、「日本の未来、子どもたちの将来、地球と人類の未来を憂えて政治活動への参加」をはじめる。そして「日本の学校教育では近代の日本の戦争について知らされていないこと」に気づき、日本が行った過去の侵略戦争や近隣諸国との友好の歴史の経緯を知り、近代の日本の歴史を日本人が見つめ直せることを祈って、スライドショーの動画上映と同時に演奏するピアノと歌との”平和コンサート”を続けている。

又、朝鮮共和国を訪問し、共和国の自主自立・正義と平和を基調とする政治的理念であるチュチェ思想の研究会に参加。「人民が一番・人民に学び・人民に尽くす」とするチュチェ思想を基盤の思想とする朝鮮共和国に対する様々の誤解に起因した偏見や差別が解消されることを願った活動に従事する他、日本における民族差別による朝鮮高校無償化の除外や、公的な助成金がカットされて困窮している朝鮮学校の現状に鑑みて、日本政府が民族教育を認めるべく支援活動を行ない、ヘイトスピーチやヘイトパネル展などの人権侵害へのカウンター行動に参加する。

音楽活動を基盤に据えた人権活動家池辺幸恵の目指すところは、近代以来の日本が全アジア諸国に対して行った侵略戦争の過ちを徹底的に反省し謝罪し、そして日本と全アジア諸国との完全な和解を達成した上で、真に対等の友好的交流としての音楽の活動を続けることである。一例としてインドでのフリースクールの実践的芸術家・ジョン デバラジさんとの共同芸術活動を通じて、インドのストリートチュルドレンの支援活動を進めている。

外部リンク[編集]

YOU TUBEの動画等

活動[編集]

  • 日本演奏連盟会員・ショパン協会会員 ・ピティナ日本指導者協会指導会員
  • 日朝音楽芸術交流会会長・日本チュチェ思想研究会・日朝友好兵庫県民の会会員
  • “平和コンサート”開催
  • “陰陽五行自然の理論と気質人間学による親子人間関係改善法のセミナー”開催


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