介護福祉士

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介護福祉士は、介護を行う人の資格名。また、その資格を所持し介護を行う者。過酷な労働と低賃金のため定着率が低く、常に人手不足となっている。

介護職:低い賃金で疲弊。相次ぐ離職「仕事夢ない」

過酷さの割に賃金が低いと指摘される介護職。政府も手は打ってきたものの、依然、他業種との格差は埋まらない。人材確保には、賃金アップか外国人の活用か−−。ここへきて国の姿勢も揺れている。

常夜灯がぼんやり照らす廊下を、おむつやタオル、ごみ箱を積んだ台車が行き来する。2014年4月11日深夜。東京都葛飾区の特別養護老人ホーム(特養)「葛飾やすらぎの郷」に勤めて3年目、生活援助員の宮崎梓さん(22)の夜は長い。

1フロアには約40人が入居する。大半は80〜90歳代で7割は認知症だ。同僚と2人、一晩で4回は巡回し、おむつを替え、トイレを介助し、体位を変える。消灯後も徘徊する人はいるし、繰り返し呼び出しボタンを押す人もいる。

ひと息つけるのは午後11時の食事と2時間の仮眠の間だけ。「朝方トイレに行きたくなりそう。でも、呼ばないようにする」。そう気遣う女性入居者に、宮崎さんは「気にしなくていいんですよ」とほほ笑んだ。

月4〜5回の夜勤日は、午後5時前から翌朝10時前までの勤務。しかし、この日は引き継ぎ書類の記入やシーツの交換に追われ、朝食にありつけたのは昼近くになっていた。

正規職で介護福祉士の資格を持つ宮崎さんの月給は、手取りで約18万円。15万円を切るという同業の友人よりは「恵まれている」と感じる。とはいえ、介護労働者の賃金は他業種に比べて低い。全国労働組合総連合のアンケート調査(2013年10月)では、手当を除く正規職の平均賃金は20万7795円。厚生労働省調査の全産業平均(29万5700円)を約9万円下回る。

長らく介護は主婦による家事労働とみなされてきた。職業としての確立が遅れ、低賃金から抜け出せない。介護労働安定センターによると、介護職の離職率は17.0%(2011〜12年)で、全産業平均(14.8%)を上回る。求職者1人に働き口がいくつあるかを示す2月の有効求人倍率は2.19倍。全産業平均(1.05倍)の2倍だ。

「家族を養えないからな」。首都圏の介護施設に勤める30代の男性介護福祉士は、結婚を機にそう言って「寿退社」していく仲間を大勢見送ってきた。この道7年目。専門学校の同期80人のうち、続けているのは十数人。自身の手取りは初任給から2万円ほど上がり、ようやく月約23万円となった。が、同業の妻は初めて産んだ子の育休中。共働きでなければ生活は成り立たず、保育所を確保できるかが不安でならない。

「仕事に夢を見られない。このままなら、なり手はどんどんいなくなる」

日本海に臨む金沢市郊外の特養「やすらぎホーム」。入居する母(83)の昼食介助に隣の石川県野々市市から訪れる主婦(64)は通ううちに介護職員の疲弊を知り、入居者の家族と職員の処遇改善を求める署名に取り組むようになった。

母親が入居したのは2006年10月。脳梗塞で半身不随となり、食事、排せつなどすべてに介護が必要だ。感情が高ぶるとパジャマを歯で切り裂く。そんな母をてきぱき世話してくれる職員たちも、入居当初からの顔なじみは3人に1人ほど。慣れた頃にはいなくなるからだ。この主婦は訴える。「親の面倒を見るかのようにしてくれた職員が、どんどん辞めている。専門職にふさわしい給料が必要です」

外人「憧れの日本で働く!目標月収9万円!」→「日本はもういい、お金が全てじゃない・・・」

千葉県香取市にある特別養護老人ホーム「杜の家」。ここは、2008年8月に外国人介護士の第1陣としてインドネシアから来日したスウォト君(29歳)の就労先だ。

この日の勤務が終わりに近づいた午後4時半、スウォト君が2階フロアの一角の机でノートを開いた。〈リビング内でウロウロされていることがある。トイレの声かけすると「はい」と言われる。トイレへゆうどう。便多量……〉

慣れた手つきで、入居者の様子を日誌に記入していく。日本語でボールペンを走らせる速さも日本人と遜色ない。

スウォト君と初めて会ったのは、来日を2か月後に控えた2008年6月のこと。ジャカルタで取材した彼は、日本語が全くできなかった。それを思えば、4年間で驚くべき進歩である。もともと看護師をしていたスウォト君は、日本のアニメ「NARUTO」の大ファンだった。憧れの国で働けるチャンスがあると知り、日本行きを希望した。その理由を当時、彼はこう語っていた。

「第1は、お金のため。日本では最低でも月1000万ルピア(約9万円)を稼ぎたい」

その夢は簡単に叶った。日本で働き始めると、月16万円以上の収入が得られたのだ。インドネシアにいた頃の月収1万円とは大違いである。2014年1月の国家試験は不合格だった。それでも規定の点数を獲ったことで、来年に再チャレンジする権利を得た。しかし、スウォト君は仕事を辞め、6月に帰国していく。

「仕事に疲れました……」

インドネシアにはフィアンセがいるが、仕事の当てはない。日本に残れば、最低でも1年は仕事を続けられる。しかも国家試験に合格すれば彼女を呼び寄せ、日本で永住することも可能なのだ。

「いや、もう日本はいいです。お金がすべてじゃないでしょ?」

スウォト君にとって、もはや日本は「憧れの国」ではなくなっていた。

概要

昭和六十二年五月二十六日法律第三十号1987年による、社会福祉士及び介護福祉士法により定められた、主に介護等を業とする社会福祉業務に携わる人の国家資格である。

和製英語でケアワーカー(CW)と呼称されている。

介護福祉士は名称独占の国家資格であり、業務独占ではない(社会福祉士及び介護福祉士法:48条)。

平成27年度(第28回)介護福祉士国家試験より、法令が改正され、全ての者(介護福祉士養成施設修了者等)に試験が義務付けられる(実技試験は免除あり)。

特別養護老人ホーム介護老人保健施設病院デイケアセンターや障害福祉サービス事業所などの社会福祉施設が活動場所となることが多い。

法律による定義

介護福祉士は介護福祉士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもって、身体上又は精神上の障害があることにより日常生活を営むのに支障がある者につき心身の状況に応じた介護を行い、並びにその者及びその介護者に対して介護に関する指導を行うことを業とする者をいう(社会福祉士及び介護福祉士法第二条第二項)。名称独占資格の一つである。

現状と課題

本職種の専門性深化と共に、様々なコ・メディカル分野の専門職との連携などが望まれている。介護福祉学会誕生により介護福祉学の認知も進むが、本資格の社会的地位は高いものではない。一例として、厚生労働省グループホーム人員配置規定に介護福祉士の名称が記載されないことがある。

また、業務内容の苛酷さから離職率が高い。2007年度雇用統計では、介護職員及びホームヘルパーの離職率は21.6%で、全労働者離職率よりも5.4%多い。

2005年に、国は介護に携わる者の資格を介護福祉士に一本化する方向を打ち出した。これにより、都道府県の認定資格である介護職員初任者研修修了者などには高い需要がある。一方で、就労条件などから福祉職に就かない者も多く、需給バランスを保ていない。

近年、国は介護福祉士の処遇改善促進のために、介護報酬の引き上げや介護職資格を介護福祉士へ一本化するための施策「サービス提供体制強化加算」を採り出した。サービス提供体制強化加算とは、介護福祉士の配置割合によって介護サービス事業所への報酬に差を出すというものである。これは介護保険の一環として利用者の自己負担1割に組み込まれ、介護福祉士が多い事業所は利用料が高くなり、利用者などから敬遠されている。また、介護業務は訪問介護員2級から行えるため、利用料を抑えたい事業所から介護福祉士の有資格者が敬遠されている。

社会福祉士・精神保健福祉士との関係

社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士は、いずれも福祉系の国家資格である。各福祉士の互いの相互関係を上下関係で説明する者もいるが、適当ではない。法的には各福祉士の資格間に上下関係などは存在せず、社会福祉士・精神保健福祉士は『相談援助』、介護福祉士は『介護等』という業務内容で区分されているのである。テキスト販売等で『福祉系資格の中で社会福祉士が最上位』などと謳われているものがあるが、介護福祉士のみ専門学校等の養成課程を修了すれば国家試験を受けなくても資格を取得出来てしまう点が要因となっている。

国外からの介護福祉士受け入れ

日本政府はタイとのFTA(自由貿易協定)締結に伴い、タイ国介護福祉士有資格者を受け入れるか否か検討している。

実施された規制緩和

  • 日本政府はフィリピンとの経済連携協定(EPA)で、 フィリピン共和国国家資格の介護福祉士が日本の介護施設への受け入れの方向で合意され、厚生労働省は2年間で1000人(看護師400人、介護福祉士600人)の上限を設け受け入れることとした。調印は2006年9月9日に行われるもフィリピン側の批准遅延により2009年度以降にずれ込む予定である。
  • 日本とインドネシアとの経済連携協定が2007年8月20日に調印され、日本の国家資格の取得のための必要な知識及び技術の習得を目的とした介護士候補者の受け入れ、資格取得後の就労が可能となった。2008年4月17日の衆議院本会議で可決され、同年7月に看護師候補者200人、介護士候補者300人が入国しEPA活用による外国人労働力受け入れ初事例の予定である。人数枠は2008年度から2年間で合計1000人(看護師候補者400人、介護福祉士候補者600人)で、介護士候補者は日本の受入先介護施設で3年間の介護実務経験を経て日本の国家試験に合格すれば介護福祉士として日本で働き続けられるが働きながら滞留の認められる短期間に受験するため合格率は低い。
  • 2009年4月14日より韓国からインターン300人を受け入ることになっており、人材派遣側の釜山市は毎年300人以上を日本で就業させることを目標としている。

受験機会拡大を総務省が斡旋

現在、介護福祉士国家試験の実施は年1回である。これに対し、総務省行政評価局が、「介護福祉士の確保・育成を推進する観点から、介護福祉士国家試験について、試験の実施回数や試験実施都道府県数を増やすなど受験機会の拡大について検討することが必要」(2007年8月6日「介護福祉士国家試験の受験機会の拡大」)との内容を厚生労働省に対し斡旋している。

この総務省の斡旋に対し厚生労働省は、筆記試験の試験地は、2007年に埼玉県、千葉県、神奈川県、新潟県、京都府、兵庫県、岡山県、平成21年に岩手県、岐阜県、愛媛県、熊本県、2012年に静岡県、高知県、長崎県、大分県が追加され、2013年から秋田県、宮崎県の2県を追加するものの、試験回数の改善は未だ行わず、総務省の斡旋は放置(事実上無視)された状態のままとなっている。

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